福祉の現場から①

—高田馬場の視覚障害者支援—

早稲田大学のお膝元、高田馬場・早稲田地区。学生で賑わうこの街では、白い杖をついて歩く視覚障害者の姿をよく見かけます。ここには視覚障害者を支援する機関や組織が多くあり、点字図書・録音図書の貸し出しや各種訓練を行っているといいます。しかし、身近な存在でありながら、私たち健常者は視覚障害者支援の実態をなかなか知ることができず、他人事と思いがちです。

そこで、本企画では、視覚障害者の支援を行っている2つの団体に取材を行い、文字だけでは見えない支援の実態を調査しました。取材から得られた情報はこちらで4回にわたって紹介したいと思います。第1回目となる今回は、日本点字図書館の館内を見学したときの様子をお伝えします。

※本記事の内容は、2022年9月3日現在のものです。

日本点字図書館。数多の鎖は知識を表現している

高田馬場駅より徒歩3分。人通りの多い通りに、たくさんの鎖がぶら下がった特徴的な建物が現れます。国内最大の点字図書館である「日本点字図書館」です。

点字図書館というと、単に点字図書を借りられるところだと思っている人が多いかもしれません。しかし、案内してくださった澤村さんによると、ここの図書館では4つの事業に取り組んでいるそうです。1つ目は用具販売事業。視覚障害者向けに、白杖や生活に必要な商品を販売しています。2つ目が図書館事業。といっても扱うのは普通の書籍ではありません。文字や図を音声化・点訳した録音図書・点字図書などを貸し出しています。3つ目は製作事業。図書館事業で貸し出す録音図書・点字図書を製作しています。4つ目は訓練事業。後天的に障害を持った方などを対象に、白状を使った歩行や点字を読解する練習など生活訓練を行っています。これらの事業は職員によって行われるものもありますが、特に製作事業は全国のボランティアが担う役割も大きいです。日本点字図書館の本館は4階建てで、どのような活動が行われているのかは各フロアによって異なります。

4階 録音図書製作

小スタジオ。ここで朗読が行われる。

まず、録音図書の製作が行われる4階を見学しました。小スタジオ、中スタジオ、大スタジオがあり、用途に応じて使い分けています。

録音図書の製作は、図書とボランティアのマッチングから始まります。下調べや職員との打ち合わせの後、スタジオやボランティア宅で本の朗読を行うそうです。録音図書は正確さが要求されます。アクセントは標準語のものが採用され、訛りがあれば修正されます。また、朗読は常に一定の速度で行い、登場人物によって声を変えるようなこともしません。さらに、固有名詞は正しく読まなければなりません。「歴史小説は大変なんですよ」と澤村さん。地名を調べるのにも時間がかかるのだそうです。

録音された音声データはサーバーに保存され、校正されます。校正に合わせて修正を行った後、データを編集し、デイジー形式に変換します。これを行うことで、利用者が目次や章などの単位ごとに移動することができるのです。データはCDで提供されるほか、サピエ図書館(視覚障害者専用の電子図書館)にアップロードされます。

現在、100名以上のボランティアが録音図書の製作に携わっており、すべての作業を行える人もいれば、校正や編集のみを行う人もいます。全体的に主婦層が多いのが特徴です。

3階 点字図書製作

続いて3階に移動しました。このフロアは会議・イベントや点字図書の校正などに利用されています。

読み合わせ校正中

点字図書の製作も録音図書と同様に、点訳依頼をボランティアに送り、依頼されたボランティアが専用ソフトで点字入力します。完成したデータは紙に打ち出され、目の見えるスタッフと視覚に障害のあるスタッフがチームを組んで読み、校正を行います(読み合わせ校正)。数回の校正と修正を経て、専用のプリンターで印刷し、バインダーにとじて完成です。バインダーを使用しているのは開きやすく点字が読みやすいこと、汚れた場合に1枚ずつ交換できることなどが理由だそう。

上記の他に、金属板を使った印刷方法もあります。あらかじめ凹凸加工を施した2つ折りの亜鉛板に紙を挟みプレスすることで点字を印刷することができるのです。この方法は、早く正確に印刷することができることからカレンダーや広報誌、教科書等の製作に使用されているようです。写真は、金属板を処理するための装置です。右側のコンピューターからのデータをもとに、左側の自動製版機で亜鉛板に点字が打刻されます。

3階では、触知案内図(触るだけで理解できる地図)や案内板の製作・監修も行っているそうです。

3館 本間一夫記念室

3階の奥にある本間一夫記念室を案内していただきました。ここでは、日本点字図書館の創設者である本間一夫にまつわる品々を展示しています。

本間氏は、北海道増毛の裕福な商家に生まれ、5歳で失明します。函館盲唖院、関西学院大学英文科を卒業したのち、25歳で雑司ヶ谷にて点字図書館を設立しました。1940年代、日本では戦争で多くの人が失明し、点字図書のニーズは徐々に高まっていきます。疎開や空襲などの危機を乗り越え、戦後は点字図書、次いで録音図書の製作・貸し出しが国の委託事業になりました。

部屋には、当時のものが展示されています。机は本間氏が生前使っていたもので、その上にある点字器も実際に使用されていたものです。点訳ソフトが登場する以前は、この点字器で紙の上のすべての点を1つ1つ自らの手で打っていました。澤村さんによると、やり直しや訂正に大変な時間と労力がかかっていたそうです。

本間一夫記念室。正面の写真が本間一夫氏だ

また、点字や録音図書製作の障害となったのが、著作権です。現在では、著作権法37条により点字や録音図書は無許諾で製作することができますが、同条が加わるまでは1タイトルごとに著者の許諾を得る必要がありました。本の著者から届いた返信ハガキの数は2,000枚にのぼるそうです。送ったハガキの枚数は、おそらくそれ以上だったでしょう。

こうした先人たちの努力によって、今日の日本点字図書館があり、視覚障害者の支えとなっていることを考えると、感慨深いものがあります。

2階 貸し出し事業

次に2階を案内していただきました。

点字図書の書庫。棚は電動である

2階には本の貸し出しカウンターがあります。ここでは、図書の貸し出し、利用方法の説明を受けることができます。日本点字図書館は閉架式の図書館のため、利用者が直接書架に入ることはできません。そのため、職員はリクエストされた本を書庫まで取りに行き、カウンターで受け渡します。しかし、図書館を訪れる人は1日数人に過ぎず、そのほとんどが郵便で本を受け取っています。遠方にお住まいの視覚障害者の方への配慮として、電話やメールでの貸出依頼も受け付けているのです。依頼された図書は、郵便で利用者宅に送られ、日本点字図書館に郵便で返送されます。毎日、トラックいっぱいに積まれた本が図書館に出入りしているようです。その一冊一冊をチェックし、書架に戻すのも職員の仕事です。

2階には、録音図書の書庫もありました。そのうち、小説が多くを占めています。また、音声化された書籍だけでなく、音声ガイドが付いた映画やテレビドラマも録音図書として貸し出しています。書庫は別館の1階と2階にもありました。こちらは点字の蔵書が収められています。フロア全体を占める高い電動書架には、本がたくさん並んでいて圧巻でした。

1階 用具販売

最後に、1階の「わくわく用具ショップ」を見学しました。補助具から玩具まで幅広い商品を販売しています。中でも一番大切なのは白杖のようです。まっすぐな形状のものや折りたたみ式のものなど、さまざまな種類の杖を見せていただきました。白杖は数年で買い換える人がほとんどと言われています。このほか、点字シール、遮光眼鏡、表裏のないTシャツなど、様々な用具が販売されていました。

館内見学に協力してくださった日本点字図書館の職員の皆様、本当にありがとうございました。

第1回の記事は以上となります。次回は総務課の澤村さんと貸し出し事業に携わっている柴崎さんへのインタビュー記事を公開いたします。