福祉の現場から②

—高田馬場の視覚障害者支援—

前回に引き続き日本点字図書館についての記事です。今回は図書館で働くお2人の職員の方へのインタビューを公開いたします。

※この記事は2022年9月3日当時のものです。

点字図書館での仕事

  • お2人はどのようなお仕事をされているのですか

澤村さん:私は新卒の時に入り、今年で勤続20年となります。最初は用具販売の部署だったのですが、すぐに点字製作の部署に異動となり新宿区の広報誌などを製作していました。次に録音製作の部署に移り企業から依頼された音声コンテンツの製作に携わりました。また、声だけ、点字だけだと全てのニーズに応えられないため、テキストデータをベースとした情報提供も行いました。そのあと再び用具担当として2年勤務し、去年から総務で働いています。

柴崎さん:私は今年で勤続4年目で、図書情報課で貸し出し業務を行っています。2年前は録音製作課でテキストデイジーの製作をしていました。

  • ここで働こうと思ったきっかけは何ですか

澤村さん:早稲田大学第一文学部で歴史学を学び、読書が好きだったので、本が読めないのはつらいだろうと想像できました。また、就活するというときには公務員でも株式会社でもない、非営利で社会的意義のある仕事につきたいと考えており、日本点字図書館に関する本を読んだ際には創業者自身の「社会をこんな風に変えたい」という志で事業が続いていることに感動したと同時に新しい働き方だと思いました。卒論でセツルメント運動を扱っており、役所でも会社でもない社会事業について調べていましたし、求人も出ていたので働くのならここで働こうかなと考え入館しました。

柴崎さん:学生時代のアルバイトが接客業だったため、初めはアパレル業界で仕事をしていました。しかし、そこは売り上げが全てという環境で、ここで働き続けるのは難しいと思うようになりました。そこで、転職を考えた時に売り上げにこだわらない非営利のところがいいなと。大学生の時障害のある人でも楽しめるようなワークショップに参加したことがあるのですが、その時に出会った視覚障害者の方にも相談しました。そこで視覚障害者にかかわる業界もあるから見てみたらどうかとアドバイスを受け、視覚障害者柔道連盟のスタッフとして働いたのち、福祉業界は自分に向いていると感じたため点字図書館に転職しました。

  • 働き始めてから気づいたことはありましたか
「24時間テレビ」内の企画で寄付されたトラック

澤村さん:先程非営利だからお金は関係ないと言っていましたが、お金は滅茶苦茶関係あるなと。ここでは自分たちの売り上げだけで事業をすることはできないので、こうして取材などにお応えして皆さんに知っていただくということが大切ですね。早稲田の学生の方は日本点字図書館のことを知っていましたか?自分は学生時代戸山キャンパスの近くに住んでいたのですが就活するまで知りませんでした。私たちは知られて、利用されて、支援されてなんぼです。非営利ですが事業をやっているのでここにはここの厳しさがあると感じます。

  • 普段視覚障害者の方と接するときに気をつけていることは何ですか

澤村さん:様々なバックグラウンドを持つ方がいらっしゃるということを意識しています。人によって色々な事情があって色々な困りごとがあるので、まず聴いて、それらに寄り添うことが重要だと思います。あらゆる職業、社会階層の誰もが障害を持つ可能性があるということを想像して接しますね。弱々しそうに見えたとしても、見た目だけでは判断してはいけません。

柴崎さん:1人の人間として接するということを心がけています。視覚障害者の方が介助者の方と一緒に来館された時に介助者の方とばかり話をしてしまい、「その人は付き添っている方なのだから私と話してほしい」と言われる事がありました。

  • どのようなことにやりがいを感じますか
本間一夫記念室にて。80年の歩みが分かる

澤村さん:エッセンシャルワークだということですね。視覚に関する再生医療はまだまだ普及していませんし、実用化できたとしても視覚障害がなくなることはないと思います。日本点字図書館は80年以上続いていますが、そこまで続く会社もなかなかありませんし、それだけ社会でニーズのある仕事なのだと思います。

柴崎さん:利用者の方から喜びの声をいただいた時や、点字・録音図書が利用者の手元に届いていると思った時にやりがいを感じます。この仕事は誰かのために働きたいという人に向いていると思います。

これからの課題

  • コロナ前後で点字図書館はどのように変わりましたか

澤村さん:用具事業は対面でその人にあったものを選定しなければならないケースも多いため、リモートだけでは難しいです。実際売り上げは減っています。また、最初のほうは訓練事業がストップしてしまっていました。対面でなければならない事業は規模が小さくなった一方、リモートでも可能な仕事も見つかりました。例えば点字の校正です。読み合わせ校正はリモートでもできることがあるという発見がありました。

柴崎さん:当館の録音スタジオで収録される朗読ボランティアさんが減少しました。それでも、製作数を落とさないように工夫を凝らしました。

澤村さん:製作ボランティアさんは主婦の方が多いのですが、在宅で録音できるようになったケースもありました。

柴崎さん:日本点字図書館ではにってんデイジーマガジンという録音雑誌を毎月発行しているのですが、複数人でやり取りするコーナーの録音も別撮りや、オンラインでの収録が可能なのだという発見がありましたね。

  • 日本点字図書館の職員として国の政策に問題意識を抱いていることはありますか

澤村さん:今は追い風の時期で、読書バリアフリー法ができたことによって一部予算が増えている事業もあります。しかし、政策や制度だけには頼っていられません。予算は永遠のものではなく社会情勢の変化により減らされる可能性もあります。また、NPOが増えてきてボランティア先、寄付先が多様になっている。加えて、昔は読書が困難な人といえば視覚障害者でしたが、最近では学習障害などこれまでよく知られていなかった障害に対する支援も必要となってきており、競合が増えてきています。このような状況でどう資金を確保していくかという課題がありますね。

  • 業務が多様化していることで金銭的に苦労しているように見えました

澤村さん:私たちは社会にあったサービスをする必要があります。情報化社会、高齢化社会も進み幅広く支援をやっていく中で、どのような事業を行うのか見極め選択していかなければなりません。しかし、福祉の仕事の特徴として一度始めた支援を止めにくいというのがあります。例えば10数年前、日本点字図書館ではカセットテープでのサービスを終了することになりました。カセットテープの大量調達が難しくなり便利なデイジーのデジタルフォーマットに移行していくのが良いのではないかということだったのですが、カセットテープを使っている人、カセットテープしか使えない人を切り捨てるのかと外部からは批判がありました。売上至上主義のところでは採算が取れないものをすぐに止めることができますが、福祉の仕事はそれが難しいのです。

柴崎さん:日本点字図書館では図書の貸し出し以外にも、生活用具の販売や、自立支援なども行っており、様々な事業が密接に絡み合っているため、急に止めることは難しいです。

澤村さん:その事業が良いことだったとしても常に継続できるか、採算は取れるのか、職員が疲弊するような状況が生まれないかを考えなければならない。そこは会社組織とある程度同じと思います。

図書館内部。さまざまな部署が存在する。
  • これから先どのようなことを変えていきたいですか

澤村さん:録音図書製作は時間と労力がかかり、これからずっと先まで継続していけるかを想像すると難しいように感じます。どうやって維持していくかについて考えなくてはならないと思いますね。例えば人が朗読しなくても良い仕組みや技術を用いるなどといったような。私たちの仕事では作ることが目的化してしまいがちです。点字も音声も視覚障害者が社会の中で自立して生きていくための情報手段の一つです。ですから相手のニーズに応えられるようにしなければならないと思います。

柴崎さん:貸し出し事業についてですが、去年の10月から土曜日の郵便配達が休止しました。そのため図書が遅れて届くようになり、利用者の方からのお問い合わせも増えています。当館ではにってんデイジーオンラインサービスという、利用者さんの再生機器に直接図書のデータを入れるサービスがあるのですが、今年の9月からHPや「にってんデイジーマガジン」で案内をしています。少しずつCD等の媒体からデータに移り変わり、すぐに図書を利用できるようになれば良いと考えています。

書庫。録音図書が並ぶ。

澤村さん:難しい課題ですね。ネットにつなぐことができない方はたくさんいらっしゃいます。CDを使うのも難しい人もいる中、Wi―Fiをどうやって設置するのか、どうやって端末と接続するのか。完全な普及には10年20年くらいはかかるのではないでしょうか。まだメディアでのやり取りはなくならないと思います。

柴崎さん:物のやり取りは今後も主流であるとは思います。ただ、弱視の人や中途視覚障害など、スマートフォン使用者を中心に、有力なサービスになるかと考えています。

  • ICT技術に関する課題が多いのでしょうか

澤村さん:技術とともに歩むということが必要ですね。視覚障害者福祉はICTが役に立ちますので、職員が疎いようだと駄目だと思います。視覚障害者の方にもそういった技術を使っていただけるようなサービスができなければなりません。健常者はアナログでもある程度生きていけます。しかし、視覚障害者は電子機器を使えることで生活の質や社会生活が大きく向上します。健常者の感覚で考えるのと障害者支援として考えるのとではウェイトが違うと感じていますね。家に居ながらにして本について調べて瞬時に読める、ということを多くの人にできるようになって欲しいですね。

柴崎さん:Androidだと再生アプリがなくてデイジーが聞けないんですよね。Androidのスマートフォンをお持ちの方にはiOSやPCで再生する方法を紹介しています。Androidは機種が多すぎて全てに対応することができないのです。今後はAndroidのスマートフォンでも再生できるようになることを期待しています。

読者の方へ

  • 日本点字図書館で職員やボランティアとして働こうと思っている方にアドバイスをお願いします

澤村さん:職員募集の際には説明会もしていますが、20代の人はここの仕事についてイメージするのは難しいと思います。仕事をやるうえで必要なのは相手のことを知ろうという姿勢やそのためにアンテナを拡げようと思う知的好奇心ですね。図書館サービスを志望する人もいらっしゃいますが、視覚障害者の方への全般的な生活支援を行っているため、どこの部署に入ってもやっていける、柔軟で幅広い視点を持てる人が望ましいです。

柴崎さん:実際に見て知ることが大事だと思います。コロナ禍以前、日本点字図書館では年1回オープンオフィスをやっており、収録や貸出の体験ができました。今年度は毎月「にってんワークショップ」を開催しており点字の体験や便利グッズに触れてもらう企画があります。予約が必要ですが、興味がありましたら参加していただくのが良いかなと思います。

  • 早大生や読者の方に一言

澤村さん:せっかく早稲田に通っていらっしゃるので、ぜひ見学に来ていただきたいです。見学は水曜日と金曜日にできます。ぜひ就職先の一つの候補にも入れていただいて。在野の草の根でやっていきたい人などは向いていると思いますよ。

取材に協力してくださった澤村さん、柴崎さん、本当にありがとうございました。

日本点字図書館に関する記事は以上です。次回は東京ヘレン・ケラー協会への取材の全容を公開する予定です。